街道を巡る街道を巡る旅
土を、踏む。風に、聴く。声と、出会う。そしてはるかな時を、観る。いま、日本という土(くに)を、識(し)る。
                       時空の旅人・司馬遼太郎 「街道をゆく」 より
 私は、生まれも育ちも東京の八王子、秋川街道沿いに長らく住んできた。
これほど身近な秋川街道も、どこから〜どこまでまでがそうなのか、などということは全く考えたこともなく、実際、行ったことのないところもまだまだ残っていた。早速
この3連休で街道の探訪へと出てみた。

日の出山荘
 1つは秋川街道沿いにあり、日の出町の名前の元となった「日の出山荘」。ここは、昭和37年に建てられた中曽根康弘氏の所有していた別荘で、現在は
中曽根氏から日の出町に寄贈され公開されている。昭和58年11月11日、中曽根康弘内閣総理大臣がアメリカ大統領のロナルド・レーガン氏を招き、日米首脳会談が行われた歴史的な場所である。その他、ゴルバチョフ氏、全斗渙氏、ミッテラン氏、サッチャー女史、エリザベス二世、昭和天皇、歴代総理大臣などがこの「日の出山荘」を訪れている。
 ここまで、八王子の中心部(インター)から秋川街道を車で50分ほどで「日の出山荘」に着く。深い森林を車が入れる所まで行ってみた。せせらぎの音と鳥の鳴き声しか聞こえない、信じられないほど静かで美しい場所だった。東屋と母屋・書院の3棟あり、見学ができる。春先は桜などの咲き乱れる頃、また秋には紅葉の頃などに訪れてみたい。1日10杯限定の季節のお菓子付きお抹茶も是非とも味わえるといいと思う。

青梅宿
 そこから街道を進み、秋川街道起点の青梅宿を目指す。青梅といえば昭和を知る人には懐かしく、知らない人には新鮮なレトロな町並みが魅力な場所だ。今まで気にはなってはいたが、やっと初めて訪れた。青梅生まれの映画看板師、久保板観氏の描いた当時の映画看板が、駅から商店街へと続く光景は何だか不思議な感じ、居並ぶ店や駐車場、バス停に映画の看板が街道展示会のように続く。とにかく建物はいぶし銀のごとく古く、今時の生活感が少ない場所だった。昭和幻鐙館や青梅赤塚不二夫館などが、ここ「猫町通り」の目玉だ。赤塚不二夫とはどうやら、彼が若いころ看板書きだったことが縁らしい。街に強烈な個性を醸し出している。
不二夫ワールド

 秋川街道の今まで訪ねきれてない場所を中心にめぐってみたが、子供のころには、あんなに広いと思っていた街道も、以外に狭く距離も近く感じた。この先、秋の紅葉も楽しみな西多摩地域、この先も注目して行きたい。

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